揚心館の原点は、1970年に設立された「松濤館実戦空手・自顕会」にあります。自顕会は、プロキックボクシングの世界では「相模ジム」として活動し、松濤館実戦空手とプロキックボクシングの双方で選手を育成してきました。
自顕会・相模ジムにおいて実戦空手の首席師範を務め、プロキックボクサーのランカーとしても活躍した野崎誠が、その流れを受け継いで「野崎会館」を設立。その後、野崎会館の選手コースおよびプロキックボクシング部門から独立して設立されたのが「揚心館」です。
揚心館は、MA日本キックボクシング連盟、日本キックボクシング協会、新日本キックボクシング協会などを舞台に、アマチュアからプロまで幅広く活動。ムエタイの本場タイ王国では、チュワタナジム、ゲオサムリットジム、サシプラパジムなどで練習を重ね、タイのリングでも試合を経験してきました。
また、同時期には治政館・長江国政館長の指導を受けながら、新空手(勇気道)、プロキックボクシング、ジュニアキックボクシングの運営・興行に協力。「長江派」として裏方で大会を支えるとともに、加盟ジムとしても活動してきました。
尚武会と揚心館には、タイでの練習や試合、国内のアマチュア大会やプロのリングでの活動を通じた長年のつながりがあります。こうした歴史と信頼関係を基礎として、揚心館は「尚武会YOSHINKANジム」となり、尚武会グループの一員として新たな活動を開始しました。今後はムエタイを中心に、本場タイの技術と尚武会の豊富な指導経験を生かしたジムづくりを進めてまいります。
二つの系譜が、ひとつに。
尚武会(左)と揚心館=YOSHINKAN(右)。それぞれの歴史が、多摩で合流しました。